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今夜の放送が終わって

2007-04-23 (Mon) 01:33[ 編集 ]
新年度になり高校生活がスタートとなった子達
なかなかクラスの子に話し掛ける事ができず悩んでいる子
頑張って一声を発声してみてほしい
きっとあなたと話してみたいと思っている人はいるはずだから・・・
ラジオを聴いていて感じるのは、自らの手で身体を傷つけている(いた)
子供たちがとても多く、とても悲しく思うことです。
「死んだ気になればなんだってできるじゃない」って言われても、命を絶ちたいと思うくらいの悲痛な思いは、本人にしか分からないことだとは思います。
それでも、どうか周りを見て・周りの声に耳を傾けてください。
人は遅かれ早かれ、いつかは必ず旅立つ時が来るのです。
それならば、急ぐことはないじゃないですか。
辛いことが嫌で耐えられないのなら、そこから逃げてまた新たなスタートをすればいいじゃないですか。
逃げるってあまりいい印象はないかもしれないけど、辛くて苦しくて死んでしまいたいと思うくらいなら、明るく楽しく過ごせる場所を探してみたらどうだろうか?だって死んじゃうよりいいじゃない!
どんなに生きたくても、病気や不慮の事故で旅立つ人もいるんです。
どうか自分を大切にしてほしいです。

以前も載せましたが、ラジオで紹介された、茨木のり子さんの詩です

自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

さくら
ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と



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コメント

爪を噛む、毛を抜く、手の爪の根元をエンピツなどで刺激する。
欲求不満をかかえる子供のクセだそうです。
今はリスカ・アムカ。若い人の間で”スッキリするよ。”とマイナーに流行している模様。
・・・悲しいです。
他に行き場がない。寂しい気持ち。泣きたい気持ち。

私も、何とか『逃げろ。』と言いますね。きっと。
安全な場所を探し出せ!って。

今起きている事、会っている人が全てではないから。

考えさせられました・・・
とかく、中学・高校のころは、
クラスの狭い世界が世の中すべて
と考えてしまいます。視野が狭まり
自分を追い詰めてします。

確かに、“逃げる”って負けのような
イメージがあるかもしれませんが、
僕はチャンネルを変えなよってアドバイス
出来る親で在りたいと思っています。
今見ているチャンネルがすべてじゃないんだよ
『楽しい番組在ったよ^^』って
教えてあげたいです!

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